OLLO Audio S5Xとbeyerdynamic DT 1990 PROの比較感想
筆者の音響機器遍歴は以下のとおり偏っているので大部分の人にはあまり参考にならないかもしれないが、似たような遍歴の希少な読者のために書く。
凡例: [HP]ヘッドフォン、[EP]イヤフォン、[SP]スピーカー、[IF]オーディオインターフェース
- (2009年以前(小学生時代)は何かしらの安価ヘッドフォン(3000円前後)を使っていたはずだが憶えていない)
- [HP] beyerdynamic DT 250: 2010年ごろ購入、DT 1990 PROに乗り換えるまで愛用。楽器屋でMDR-CD900STなどの同価格帯のモニター機と聴き比べて一瞬でベイヤー信者になりこっちにした思い出。
- [SP] Logicool Z120BW: 2013年購入。なんとまだ現役。もちろん制作用途ではなく動画視聴など。ちゃんとしたスピーカーは適切に設置するためのコストが嵩むので手が出ない。
- [EP] Fostex KOTORI: 2013年ごろ購入、数年後紛失。通学中にiPhoneで使用していた。おしゃれさ優先。
- [EP] Etymotic Research hf5: 2015年1月購入、2017年ごろ破損。主にiPhoneで使用。装着すると無音になるし音質も素晴らしく、コスパ最高だったので生産終了しているのが残念でならない。これでエティモのことを好きになり、今でもER4SRとか普通に欲しいが、現在の生活スタイルでは持て余す予感。
- [IF] Roland Rubix22: 2017年8月購入。音楽制作側に興味を持ち始めたのがこの頃で、MIDIキーボードなども購入した。それまでは何経由で音を鳴らしていたかよく憶えていないので、おそらくPC直挿し(!!)。
- [HP] SONY MDR-Z1000: 2017年8月購入。しばらく使ったが解像感が物足りずDT 250に戻り、こちらは売却。
- [HP] beyerdynamic DT 1990 PRO: 2018年2月購入、2025年5月破損。奮発して上位機種に手を出してみたが大正解だった。MK IIも欲しい。
- [HP] nura nuraphone: 2019年ごろ購入。音はそれなり。装着感があまり良くなく、ほぼ使っていない。
- [EP] nura nuraloop: 2020年ごろ購入。音はそれなり。ノイキャンは結構優秀(hf5の耳栓性能には遠く及ばない)。外音取り込み機能もあるので出先では今はこれ。
- (2020年ごろDJを始めた)
- [IF] MOTU M2: 2021年11月購入。音楽体験が上次元にアセンションしてしまうので万人におすすめしたい。
- [EP] final E500: 2022年11月購入。DLsite音声作品用途で現役。音楽には使えない。
- (2023年ごろ本格的にDTMを始めた)
- [HP] OLLO Audio S5X 1.1: 2025年6月購入。現在のメイン機。
- ここに書いたもの以外にもこまごまと買ってはいるが、通話用だったり骨伝導だったりと色物なので除外した。
長らく使っていたDT 1990 PROを床に落下させて左ドライバーユニットを壊してしまったので、この機会に最近話題になっていたOLLO AudioのS5Xを買ってみた次第。
結果、以下の点以外は全部S5Xの方が良いと感じた。
- ヘッドバンドからのイヤーユニットの引き出し具合を固定する機構がなく、装着するたびにズレを調整しなければならず不便。
- それまで使ってたDT 1990 PROと比べると長時間の装着では耳が少し痛くなってくる(頭骨や耳介の形、髪型、眼鏡やピアスの有無など、装着感は人それぞれ異なる要素の相乗効果なので、この評価は決して誰も参考にすべきでない)。
- 高域の表現力はDT 1990 PROにあと一歩及ばない。
- 公称でDT 1990 PROは40kHzまで出るのに対してS5Xは22kHz。人間の可聴域は20kHzまでなのだから気にするべきでないという人もいるが、そこで音が出ている限りは差音が発生し可聴域に何かしらの影響はあるはず。
やはり中高域の生々しさはDT 1990 PROの方が精細に感じられた。「Beyer treble」としてよく知られているとおり、DT 1990 PROにも典型的なトレブルピークがあり、これが苦手な人は苦手らしいが、筆者は逆にそこが耳に心地よく感じるタイプであった。ただしこれはあくまでリスニング的な評価(中高域表現力があまりに高すぎて、一般的ではない再生環境に耳が慣れてしまう)なので、リファレンスとしてはS5Xの方が正解に近いと思う。もちろんS5Xも単体で見れば非常に精細である。
冒頭の遍歴を見て大体わかるかもしれないが、筆者はむしろSONYのヘッドフォンような、高域がはっきりせず低域ボッフボフの音が嫌いである。聴いていて生きた心地がしないくらいには。リファレンスやモニターと謳っているミドルハイエンド以上の製品ですらそうなので、開発陣は本当にあれでいいと思っているのだろうし、実際に業務で使用している人もいるはずなので、つまるところ実際にはある程度のラインをクリアすれば音響特性に絶対的な優劣などなく、人それぞれ特性に偏りのある色眼鏡(耳)で物を見ているからそれを補正するような特性の逆色眼鏡(ヘッドフォン)を選べばいいというだけの話なのだろう。
S5Xは立体音響のモニタリングに最適とされているようで、確かに空間表現はDT 1990 PROより優っているように感じられる。とはいえDT 1990 PROも悪いわけでは決してなく、方向性の異なる空気感がある。表現が難しいが、S5Xの空間は前後に開けていて、部屋にいる自分をさらに別の自分がサードパーソンで見下ろしているかのような冷静な空気感であり、一方DT 1990 PROの空間は上下に開けていて、屋外にいながらファーストパーソンで目の前の物を見ているかのような鮮明な空気感である。単に個々の音の解像感、分離感という意味ではどちらも良い勝負だが、全体的にはS5Xの方が全方向への均等な広がりを俯瞰しているように感じられる分、S5Xの方が上と言ってもいいかもしれない。筆者は今のところ特に立体音響を意識した制作はせず普通のステレオのみだが、それでも音の聴き分けにおいて恩恵を感じられる。
装着感に関して今のところベイヤーの右に出るものはいないと感じる。ローエンドモデルのDT 250ですらそうだった。筆者の頭骨の形状に対して力のかかり方がちょうどよく、強すぎず弱すぎずの絶妙な力加減で、全く疲れずに作業を続けられる。ベイヤーのそれを知らなければS5Xも最高と言えたかもしれないが。この辺は本当に装着者との相性であり、たまたま筆者の頭の形状がbeyerdynamic社内でモデルとしている頭のそれに近いのだろう。
総じて、少なくとも今年買ってよかったものランキングの上位には躍り出そうな気配である。
余談だが、包括的にヘッドフォンや再生環境のことを知りたいならDIY-AUDIO-HEAVENを見るとよい。大体何でも載ってる。